川越│八坂神社

川越市石原町にある「八坂神社」は、病気平癒のご利益がある神様に関わりのある神社だとご存知でしょうか?

この神社に秘蔵されていた「牛頭天王縁起絵巻」という巻物には、疫病からのご加護を与えた神様にまつわるお話が出てきます。

そんな八坂神社について歴史・見どころ・実際の写真などをご紹介しています。

八坂神社:施設概要

川越│八坂神社

八坂神社の住所は、「埼玉県川越市石原町1丁目20-1」です。

住宅街の中の奥まった道にあるので、初めて訪れる方は分かりにくいかもしれません。

駐車場等はありません。

八坂神社の歴史・御祭神

八坂神社は、尾州津嶋(現・愛知県津島市)の祇園社を勧請したことに始まり、

  • 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
  • (奇)稲田姫命((くし)いなだひめのみこと)
  • 八岐大蛇(やまたのおろち)

の三座を祀っています。

この縁起は絵巻物の詞書に記されています。

八坂神社と牛頭天王縁起絵巻

川越│八坂神社 牛頭天王縁起絵巻

牛頭天王縁起絵巻」とは、大沢太郎左衛門の発願により太陽寺盛胤(たいようじもりたね)が著し、延享3年(1746)に奉納された縁起絵巻物で、長らく社殿の奥深くに秘蔵されていました。

作者の太陽寺盛胤は、川越藩主秋元家の家臣で、宝暦3年(1753)に川越の地誌である「多濃武の雁(たのむのかり)」を著述したことで知られます。

牛頭天王とは?

牛頭天王は、元々インドの祇園精舎の守護神で、古代に日本に請来すると、疫病から人々を守る神として平安京の感神院祇園社(現・京都市八坂神社)にまつられるようになりました。

中世には、日本神話の素戔嗚尊と同体とみなされるようになります。

牛頭天王縁起絵巻の由来

そして、この縁起絵巻には次のようなエピソードがあります。

寛保二年(一七四二)、赤間川(現・新河岸川)が氾濫し、多数の人馬が溺れ、その翌年には疫病が大流行しました。

ところが疫病にかかりながら平癒する者がいたことから、大沢太郎左衛門は、それを神仏のご加護と信じ、この絵巻物を奉納したと記されています。

絵巻物には、詞書に続いて洪水の有様、美しい社殿の落成、多数の神官による祭礼、巫女の舞などが素朴な筆致ながら豊かな色使いで描かれています。

これらのことから、本絵巻物は、江戸時代中ごろの信仰や風俗を知る上で貴重な歴史資料と言えます。

八坂神社の見どころ

上でご紹介した牛頭天王縁起絵巻は、現在は川越市立博物館が保管しており、残念ながら八坂神社にて見ることはできません。

八坂神社境内にある案内の看板にて、資料の写真を見ることができます。

八坂神社は本殿と小さな末社があるだけで小ぢんまりとしています。

静かな雰囲気が漂っており、きらびやかではないですが厳かな気持ちになれる神社です。

八坂神社:アクセス

バス停「E14:蔵の街」徒歩7分

八坂神社:各種情報

施設情報 八坂神社
住所 〒350-0824 埼玉県川越市石原町1丁目20-1
料金 拝観無料
営業時間 自由
営業期間 無休
駐車場 なし

まとめ

今成熊野神社は稲荷神社や菅原神社などの末社や子ども連れに嬉しい公園も併設されており、とても楽しい神社です。

川越の今成に訪れた際は、ぜひ今成熊野神社にも足を運んでみてくださいね。