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東明寺

東明寺

小田原北条の関東進出を決定的にした川越夜戦の激戦地で、将兵の遺骸を納めた“富士塚”が今も残っています。

東明寺

川越夜戦は、 戦国時代の1545~1546(天文14~15)武蔵国河越(現在の埼玉県川越市)で行われた後北条氏と上杉氏の合戦(かっせん)です。

「河越(川越)の戦い」・「河越(川越)の夜討(ようち)」とも呼ばれています。

東明寺

東明寺は、時宗(開祖一遍上人)の寺で稲荷山称名院東明寺と称し、本尊は虚空蔵菩薩である。

お寺の位置は、川越台地の先端が水田地帯に接する北の端にある。このあたりからは、 新河岸川を境として川越の町の北側を入間川を主流とする分流が幾筋も流れ、水田地帯を形成しており、 古くからこの穀倉地帯を領する多くの武士団が存在した。

東明寺は、こうした土豪の一人河越氏の庄園の東端に連なる広い寺領を有していた。その寺領は、東明寺村、寺井三か村、 寺山村などに及び、広大な境内を有して、その惣門は今の喜多町の中ほどにあったと伝えられている。

このことから、喜多町の古名を東明寺門前町と称したといわれている。天文15年(1546年)4月に戦われた上杉、 北条軍の川越夜戦は、一名東明寺口合戦といわれ、この地の要路松山街道を含んだ東明寺寺領と境内で争われたものである。(看板より抜粋)

東明寺

  • 川越市志多町13番地1

東明寺:取材日2006年7月

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