川越・光西寺

光西寺は、川越市小仙波町にある、浄土真宗本願寺派のお寺です。正式名称は、「緇川山 浄楽院 光西寺」。

一見入りにくそうに見えるお寺ですが、実はとても落ち着きのある素敵な雰囲気のお寺です。

この記事では、光西寺の見どころ・駐車場・アクセス方法について紹介しています。

光西寺に参拝する方はぜひ参考にしてみてください。

光西寺:施設概要

川越・光西寺

光西寺の住所は「埼玉県川越市小仙波町5-4-7」で、近くには中院や仙波東照宮などがあります。

中学校や高校に囲まれており、日中はとても静かな場所です。

川越駅からは徒歩17分、本川越駅からは徒歩13分ほどでアクセスできます。小江戸巡回バスで光西寺に一番近いバス停は「E3:喜多院前」です。

また、光西寺には無料駐車場・駐輪場があります。

詳しくは、記事の続きで詳しく解説しています。

光西寺の歴史

創建から転住まで

川越・光西寺

光西寺は永禄9年(1566年)、恵誓法師が石州浜田(現在の島根県浜田市)にお寺を創建したことに始まり、長年の間藩士たちから親しまれていました。

しかし、天保7年(1836)に藩が当時禁止されていた海外との貿易を行ってしまい、その違反行為が幕府に見つかってしまいます。

本来ならば身分領土を剥奪になるところ、徳川家の親藩だったため減刑され、奥州棚倉(現在の福島県)に左遷という温情ある処置にとどまりました。

そこで、光西寺も同じ棚倉に引っ越すこととなります。

明治維新から現在

棚倉に転住してから30年ほど過ぎ、あの明治維新が起こります。

そこで幕府は城主である松平周防守康英の外交スキルを重んじて老中・外交の責任者に任命、川越に領地を移すことを命令しました。

その経緯があり、慶応二年(1866年)に光西寺も川越に二度目の引っ越しをし、川越にある養寿院近くにある千手院を仮住まいとすることになります。

そして明治元年を迎えますが明治の間はお寺の土地すら確保できず、大正の末にようやく小堂を建立し、現在に至るというわけです。

以上のことから、藩についてきた寺ということで、光西寺は「士族寺」「お伴寺」という別名がついています。

光西寺の見どころ

本堂

川越・光西寺

光西寺の本堂は小さく簡素な雰囲気です。

何回も引っ越しを行い、大正の末までお堂を建立できなかったという歴史を感じます。

秋だったということもあり、境内の庭が美しかったのが印象に残っています。

静謐な空気でとても厳かな気持ちになりました。

年中行事として、法話会、経典輪読会、親鸞セミナーなどが開催されているそうです。

(現在は感染対策のため中止されている会もあります。詳しくはお寺までお問い合わせください。)

「願い」の彫刻

川越・光西寺

光西寺の境内には「願い」という題の彫刻が飾られています。作者は小野寺優元氏です。

彫刻で表された手印は「下品下生」といい、たくさんの罪悪を犯し地獄に堕ちてもおかしくない大悪人のことをいいます。

上品だ・下品だといった言葉はここから由来しています。

この「下品下生の印」には一切衆生を救済する阿弥陀様の願いが込められています。

光西寺の駐車場・駐輪場・トイレ

川越・駐車場

光西寺の入口には無料の専用駐車場があります。

また、扉が閉まっている門の裏側に自転車を停めるスペースがあります。

川越・駐車場

余談ですが、足元に小さな石彫の蛙があってかわいいので探してみてください。

川越・トイレ

光西寺にはトイレもあります。バリアフリーのトイレも併設されているので車椅子の方の参拝も安心です。